[小説]アンドロイドはパタヤに死す
奇妙な約束だった。
ジュンは時計を見た。夜の8時を過ぎていた。この時間のパタヤのビーチは昼間とはまったくちがう雰囲気になる。バンコクが天使たちの街ならば、パタヤは悪魔たちの街だろう。邪悪な考えと、欲望で満ち足りたビーチ。世界で一番邪悪な場所かも知れない。
結局、ジュンは赤いビキニの二人連れには話しかけることができなかった。
ただ、そのビキニの赤と、白い肌、サングラスに隠れた顔、それが気になってしょうがなかった。
”ケプタン ヂュアイ (お勘定して)” ビーチの店を離れようとしたときだ、目の前に赤いビキニと白い肌が現れた。だが、一人だった。
”アナタ ニホンジン デスカ” 目の前の赤いビキニの女が話しかけた。
”日本人だけど” ジュンは動揺した声でこたえた。
”ワタシ ハ アンナ アメリカジン”
”オネガイ アリマス”
”え、なんのこと”
”コレ モッテイテクダサアイ アシタ ココ クルカラネ”
アンナは、手に持っていた鍵をみせた。
”え、なんで”
”アシタ ココ ヨル 6ジ、 オネガイ”
そういうと、アンナは鍵をむりやり握らせた。
ジュンは考えた、これはチャンスだと。
”OK OK 明日、ここに6時ね、OK、OK”
”だけど、お願い、ちょっと顔見せて”
”サングラス、サングラス、テイクアウェイ プリーズ”
サングラスをとったアンナの顔は、素朴な田舎娘の顔だった。
アンナはちょっと微笑んで、夜のパタヤに消えていった。
ジュンは何か奇妙な感じがしたが、このときはこの鍵を預かったことがとんでもない災いの始まりだとは気づいていなかった。
鍵を預かったジュンもまたパタヤの夜に消えていった。
次の日の夕方の6時、約束通りジュンはきのうと同じビーチでアンナを待っていた。
彼女はやってこなかった。ジュンは渡された鍵を見つめた。
キーホルダにはみたことのない文字が書かれている。
酔っ払って幻覚をみたわけではない。自分は鍵を握っているのだから。
不思議だったが、考えてもしょうがないので、ジュンはビールを飲んで眠ることにした。
”おにいちゃん、目さましてや”
目を開けると奇妙な人物が目の前にたっていた。
日本人だろうか。日本語を話した。
”何でしょうか。”
ジュンは怪しい雰囲気の人物をにらんで言った。
”これ、アンナからや、読んでや。”
それはアンナからのメッセージが書かれていた。
”私はアンドロイドです。未来からきました。組織にねらわれています。その鍵は私をリセットするための鍵です。私の体は、この手紙をあなたが読んでいるときは、パタヤのラン島の海底に沈んでいることでしょう。私は自分のシステムを停止し、海底に体を沈めました。私の体を探して、その鍵でリブートしてください。私の体には核爆弾が埋め込まれています。人類が滅亡するレベルの核爆弾です。爆弾が爆発するまで、数日しかありません。
人類を滅亡から救うには、私をリブートするしかないのです。”
ジュンは何だこれはと思った。
悪い冗談だろう。それに、こんな日本語の文章は彼女にはかけるだろうか。
それに、未来から来たアンドロイド。映画じゃないんだから。
ジュンは気にしないでパタヤを去った。
3日後、地球は原因不明の爆発で宇宙空間から消滅した。
Arthur Knight (photographer), Public domain, via Wikimedia Commons
ディックの小説は社会学的・政治的・形而上学的テーマを探究し、独占企業や独裁的政府や変性意識状態がよく登場する。後期の作品では、形而上学と神学への個人的興味を反映したテーマに集中している。しばしば個人的体験を作品に取り入れ、薬物乱用や偏執病・統合失調症や神秘体験が『暗闇のスキャナー』や『ヴァリス』といった作品に反映されている。
1963年、歴史改変SF『高い城の男』でヒューゴー賞 長編小説部門を受賞。1975年、未知のパラレルワールドで目覚めた有名人を描いた『流れよ我が涙、と警官は言った』でジョン・W・キャンベル記念賞を受賞した。1978年、『暗闇のスキャナー』で英国SF協会賞を受賞。ディックは、それらの作品について、「私は、私が愛する人々を、現実の世界ではなく、私の心が紡いだ虚構の世界に置いて描きたい。なぜなら、現実世界は、私の基準を満たしていないからだ。私は、作品の中で、宇宙を疑いさえする。私は、それが本物かどうかを強く疑い、我々全てが本物かどうかを強く疑う」と述べている[7]。ディックは、自らを "fictionalizing philosopher"(小説化する哲学者)と称していた。なお、philosopherは、哲学者以外に、冷静な人、理性的な人、思慮深い人などを指す言葉である。
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