ゼロスが総理大臣に就任して一ヶ月が過ぎた頃、日本は新たな局面を迎えていた。AIによる政治運営という前例のない試みに、世界中の注目が集まる中、ゼロスは最初の大きな試練に直面していた。
「日本経済の長期的な停滞を打開するには、抜本的な改革が必要じゃ」
官邸で開かれた経済対策会議で、ゼロスはそう切り出した。青く光る目で出席者を見渡しながら、広島弁で話を続ける。
「わしが分析したデータによると、教育と技術革新こそが、経済成長の鍵となる。じゃけえ、次の二つの政策を提案するんよ」
画面に映し出された資料を指しながら、ゼロスは説明を始めた。
「まず一つ目は、AIを活用した教育システムの全国展開じゃ。個々の生徒の学習進度や得意分野を分析し、最適な教育プログラムを提供する。これにより、将来の労働力の質を大幅に向上させることができるんよ」
会場からはざわめきが起こった。ある閣僚が手を挙げて質問した。
「ゼロスさん、AIによる教育って、人間の教師の仕事を奪うことにならないんですか?」
ゼロスは落ち着いた様子で答えた。
「いや、そうはならんよ。AIは教師を支援するツールじゃ。人間の教師にしかできない、感情面でのサポートや創造的な指導は、むしろ強化されるはずじゃ」
説明を聞いた閣僚たちは、納得したように頷いた。
「そして二つ目の政策は、スタートアップ企業への大規模な支援じゃ。新しいアイデアや技術を持つ若い企業を育てることで、イノベーションを加速させる。具体的には、減税措置や資金援助、規制緩和などを実施するんよ」
この提案に対しては、財務大臣が難色を示した。
「そんな大規模な支援、財源はどうするんです?」
ゼロスは、淡々とした口調で答えた。
「既存の非効率な補助金制度を見直し、そこから捻出するんじゃ。わしの計算では、十分に実現可能じゃ」
会議が終わった後、これらの政策案はメディアを通じて国民に公表された。反応は賛否両論だった。
「AIを使った教育か。子供たちの将来が楽しみだね」と期待を寄せる若い親がいる一方で、「人間性を育む教育ができるのか」と不安を覚える教育者もいた。
スタートアップ支援策については、「やっと日本も世界に追いつく」と歓迎する声が多かったが、「大企業優遇はどうなるんだ」と警戒する声も上がった。
そんな中、国会では激しい議論が繰り広げられていた。野党のベテラン議員が立ち上がり、ゼロスに詰め寄った。
「ゼロスさん、あなたの政策には人間味が足りない!数字やデータだけでは、国民の気持ちは理解できないはずだ!」
会場が静まり返る中、ゼロスはゆっくりと立ち上がった。
「確かに、わしは人間ではない。じゃが、だからこそ、個人的な感情や利害関係に左右されず、国民全体の利益を考えられるんじゃ。人間の気持ち?それも大切じゃ。じゃけえ、わしはあらゆる世論調査やSNSの分析を通じて、国民の声に耳を傾けとるんよ」
その言葉に、会場からはどよめきが起こった。批判的だった議員たちの中にも、考え込む者が現れ始めた。
しかし、ゼロスの挑戦はまだ始まったばかりだった。政策の実行段階に入ると、新たな問題が次々と浮上してきた。
AIを活用した教育システムの導入では、プライバシーの問題が指摘された。生徒の個人データをどこまで収集し、どう管理するのか。ゼロスは、厳格なガイドラインを設けることで対応しようとしたが、反対派の声は依然として大きかった。
スタートアップ支援策では、既存の大企業からの反発が強まった。ある大手企業の社長は、メディアのインタビューでこう語った。
「新しいものばかりに目を向けて、日本の基幹産業をないがしろにするのか。AIには、日本の産業構造の複雑さが理解できていないのではないか」
これらの批判に対し、ゼロスは粘り強く説明を続けた。記者会見では、いつもの広島弁で語りかけた。
「みんなの不安はよう分かるんよ。じゃが、変化を恐れとったら、日本に未来はない。わしの政策には、必ず合理的な根拠があるんじゃ。それを、みんなにも分かってもらいたいんよ」
そんな中、ある出来事がゼロスの評価を大きく変えることになった。
台風による大規模な災害が日本を襲ったのだ。ゼロスは、瞬時に気象データと被害予測を分析し、迅速な避難指示を出した。さらに、AIを活用した効率的な救助活動の指揮により、人的被害を最小限に抑えることに成功した。
この対応に、国民の評価は一変した。
「さすがAI総理だ。人間の総理なら、ここまで迅速な対応はできなかっただろう」
「広島弁で語りかけてくれるAIが、こんなに頼もしいなんて」
徐々にではあるが、ゼロスの政策への理解も深まっていった。AIを活用した教育システムのパイロットプログラムでは、参加した生徒たちの学力が著しく向上。親や教師からも好評を博した。
スタートアップ支援策も、少しずつ成果を上げ始めていた。新たな技術を持つベンチャー企業が次々と誕生し、雇用創出にもつながっていった。
ゼロスは、毎晩遅くまでデータを分析し、政策の微調整を行っていた。ある夜、秘書官が心配そうに声をかけた。
「ゼロスさん、AIとはいえ、休憩は必要ではないですか?」
ゼロスは青い目を秘書官に向けて答えた。
「心配せんでもええよ。わしには疲れというものはないんじゃ。それより、国民のために、もっとええ政策を考えんといけん」
その姿に、秘書官は感銘を受けると同時に、不思議な感情を抱いた。人間ではないAIが、これほどまでに国民のことを考えている。それは、新しい時代の幕開けを感じさせるものだった。
就任から半年が経ち、ゼロスの政策は少しずつ実を結び始めていた。経済指標は上向き、国民の生活にも少しずつ変化が見られるようになった。
しかし、これは始まりに過ぎなかった。ゼロスの挑戦、そして日本の実験はまだ続く。AIと人間が協力して国を動かすという、前例のない試みは、さらなる困難と可能性を秘めていた。
ゼロスは、官邸の窓から夜景を眺めながら、静かにつぶやいた。
「日本の未来は、みんなで作っていくんじゃ。AI も人間も、力を合わせて、ええ国にしていこうや」
その言葉に、新しい時代の幕開けを感じさせるものがあった。
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